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札幌高等裁判所 昭和48年(う)248号 判決

被告人 小野穣

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人福岡定吉提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は札幌高等検察庁検察官五味朗提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用し、当裁判所はこれに対しつぎのように判断する。

控訴趣意第一(不法に公訴を受理した違法の主張)について。

論旨はおおむねつぎのとおりである。すなわち、自然公園法二四条一項二号にいう「展望所、休憩所等をほしいままに占拠」する行為は、同法一条所定の同法制定の目的および同法二四条一項二号の文理に照らして、それによて当該国立公園等の利用者に著しく迷惑をかけたことを必要とすると解すべきところ、本件各公訴事実は、そのうちにほしいままに展望所を占拠したとあるのみで、利用者に著しく迷惑をかけた旨の記載を欠くので、何ら罪となるべき事実を包含しないことに帰する。したがつて、本件各公訴は決定で棄却されるべきであつたにもかかわらず、原審は本件各公訴を適法なものとして被告人に対し有罪の判決を言渡しており、これは原審が不法に公訴を受理する違法をおかしたものというべく、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで審案するに、自然公園法五二条五号は、国立公園または国定公園の特別地域内等において同法二四条二項所定の職員の指示に従わないで、みだりに同条一項二号に掲げる行為をした者に対し、罰金刑を科する旨定め、同号は、「著しく悪臭を発散させ、拡声機、ラジオ等により著しく騒音を発し、展望所、休憩所等をほしいままに占拠し、けんおの情を催させるような仕方で客引し、その他当該国立公園又は国定公園の利用者に著しく迷惑をかけること。」と規定している。所論によれば、本件においては、被告人が展望所等をほしいままに占拠したうえ、さらに利用者に著しく迷惑をかけたことが訴因の記載として不可欠であることになるが、右規定の文理解釈としては、「その他」の前に掲げられた各行為は、それじたいの中にすでに、利用者に著しく迷惑をかける行為たる性質を内包していると解される。したがつて、本件の罪となるべき事実を訴因として構成するにあたつても、被告人が展望所を当該職員の指示に従わずほしいままに占拠したとの事実を具体的に示せば足り、さらに重ねて「利用者に著しく迷惑をかけた」ことを摘示する必要はないと解すべきである。本件起訴状記載の訴因をみると、被告人が北海道釧路支庁の職員から立ち退き等の指示を受けながら、阿寒国立公園の特別地域たる摩周第一展望所の一部をほしいままに占拠した行為を逐一具体的に特定明示しているのであつて、利用者に対して著しく迷惑をかけたとの事実の記載はないけれども、罪となるべき事実の摘示として十分である。それゆえ、本件公訴を受理して実体判決をした原審の処置に何ら不法のかどはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について。

論旨は、自然公園法二四条一項二号の「展望所」とは人々が風景を楽しむために人工的に設けられた場所をいい、本件の摩周第一展望台においては、工作物たる展望台のある場所のみがこれに該当すると解すべきであつて、被告人が屋台を置いた駐車場の一隅のごときは右の「展望所」に含まれず、また、同法文にいう「展望所、休憩所等」の「等」にもあたらないと考えられるので、被告人を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで審案するに、関係証拠に照らせば、本件各場所は、摩周湖西岸寄り一帯に広がる阿寒国立公園特別地域のうち、北海道釧路支庁長の国からの借用地で、摩周第一展望台と称される地区にあること、右の摩周第一展望台は、湖に落ち込む傾斜地と道々屈斜路・摩周湖畔線とにはさまれ、湖岸に沿つて東西に細長くのびた比較的狭隘な区域であつて、湖水をのぞめる湖岸寄りの小高い台地、道々寄りの低地、両者間の斜面とに大別できること、右高台には、その西端に観望のための特別の工作物たる、いわゆる展望台、中央東側にレストハウス、その間や周囲に遊歩道がそれぞれ設置され、また、右低地には駐車場および歩道、右斜面の四か所に右の遊歩道と歩道を結ぶ石段がそれぞれ設置されていること、本件において被告人が占拠したとされる場所は、原判示第六については西側から二番目の階段をあがつた付近の、湖岸寄りの遊歩道上であるほか、いずれも右階段下付近の歩道上およびこれに接着した駐車場内であること、右階段付近は、同所の主要な景観である湖水を眺める観光客が遊歩道、さらには展望台やレストハウスへの往復に最も多く利用する経路にあたるのみならず、右の遊歩道上の本件場所から直接湖水が眺められ、右の歩道と駐車場とに及ぶ本件場所も数メートルの歩道と一〇段足らずの石段をへだてるだけで遊歩道に接していること、などが明らかである。

ところで、自然公園法二四条一項二号にいう「展望所」とは、景観の観望を容易にする目的のもとに特別に建造された建物等、土地に定着する工作物にかぎらず、右のような目的で人工の加えられた土地を含み、さらに、当該公園の利用上これらと付加一体をなす周辺の土地をも含むものと解すべきである。けだし、この解釈は同法条の立法趣旨にそつた自然なものであると考えられ、このように解しても、「展望所」の語義を逸脱することにはならないからである。

そうすると、本件各場所はいずれもいわゆる展望台上にないとはいえ、右の「展望所」にあたるということができるから、原判決には所論のような違法のかどはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(事実誤認・法令適用の誤りの主張)について。

論旨は、自然公園法二四条一項二号にいう「占拠」とは他人の使用を排して一定時間独占的に占有することを意味すると解すべきであるが、被告人は、他人の使用を排除する意思も、独占的に占有する意思もなかつたうえ、ただちに移動できる体勢にあつたから、被告人の本件各行為は右の占拠にあたらず、これを肯定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認ないしは法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

そこで審案するに、関係証拠に徴すると、被告人は原判示のとおり、第六においては、前記遊歩道上にリンゴ箱四個を上下二段に積み重ね、その上に石油かんを半分に切つたもの三個を並べて、長さ約一・二七メートル、巾約〇・三メートル、高さ約〇・六メートルの焼台を設置し、第一ないし第五、第七においては、リヤカーの荷台にとうきび、いか等を焼くための屋台を取付けた、全長二メートル余、巾一メートル余、高さ二メートル弱のものを前記駐車場に止めたうえ、リヤカーの把手側の下端を前記歩道の縁石にのせ、その反対側に木箱をかい、車輪を地面から離して固定し、さらに第七においてはその近くに長さ約〇・九メートル、巾約〇・五メートル、高さ約〇・八メートルの木製台をも置き、それぞれ焼とうきび等の販売をしたこと、右の屋台等を設置した場所がいずれも摩周第一展望台地区の中枢をなす遊歩道または駐車場の一部であつて、その設置の時間も、多数観光客の蝟集・往来する時間帯において、短くて三〇分長くて四時間三〇分にわたり、それぞれ同一場所で継続的になされたものであり、これら設置物の存在じたい美観保持の点からはなはだ好ましくないうえ、観光客の往来、自動車の駐車または車両の方向変換等に相当の支障があつたこと、がそれぞれ肯認できる。

叙上の事実関係に徴すれば、被告人の原判示の各所為は、自然公園法二四条一項二号にいう「ほしいままに占拠し」た場合にあたると解するのが相当である。被告人が屋台等をいつでも移動できる状況にあつたこと、いわゆるひき車による食品販売をしたにすぎないことなど、所論指摘の事情は何ら右の結論を左右するに足りない。

したがつて、原判決には所論の点について事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第四(事実誤認の主張)について。

論旨は、被告人は標茶保健所を通じて北海道からひき車による食品販売の許可を受けており、本件場所がその許可にかかる販売経路の範囲内で、かつ北海道の管理する区域内にあるから、被告人の本件各行為は管理者の許可を受けた正当行為であつて、なんら犯罪を構成せず、これを看過して被告人を有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで審案するに、検察事務官工藤健司作成の電話聴取書、北海道標茶保健所長作成の許可証写、被告人作成の食品衛生法による屋外営業許可申請書等によれば、被告人は昭和四五年六月二三日北海道標茶保健所長から、有効期限を昭和四七年七月二五日までとし、営業の場所を前記摩周第一展望台前の道々屈斜路・摩周湖畔線を含む川上郡弟子屈町内の路上とし、供食品目を「いかの味付焼」のみとする、食品衛生法二一条による営業の許可を得ている(なお、被告人は右期間の前後に各一回同種の許可を得ている)ことが認められる。

しかしながら、右許可は、もつぱら公衆衛生に与える影響が著しい営業につき公衆衛生の見地から必要とされるにすぎず、その目的のため定められた基準に適合する申請のあるかぎり、これを拒否することができないものである(食品衛生法二〇条、二一条、同法施行令五条、食品衛生法施行細則〔昭和二四年一月一一日北海道規則第五号〕一八条参照。)から、もとより他の法令による規制を排除してまで当該営業を認める性質のものではない(昭和四〇年八月二〇日付北海道衛生部長の道立保健所宛通知参照。)。それゆえ、被告人の所為が右許可に基く営業行為であるからといつて、自然公園法違反の点を正当ならしめるいわれはない。

してみると、原判決のした事実の認定には所論のような誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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